艤装してます

艤装してます

しばらくかかりそ。サグラダファミリアより遅くなるかも。

いわゆるグローバルスタンダードは、97年頃以降に発祥のガラパゴス英語

児童、生徒、学生さん、それら保護者のみなさん、札束とびまくりの悪質極まりないプロパガンダに騙され洗脳されないよう気をつけて下さいね。

 

国際的な標準規格という意味で“global standard”という表現が使われる用例はあるが、この意味では“international standard”のほうがより一般的に用いられる表現である。世界的な変化の方向という意味であれば“global trends”などの表現が用いられることが一般的だろう。つまるところ、「グローバルスタンダード」は「バスに乗り遅れるな」と同様の意味合いをもつ日本語表現であり、「ご近所でも評判です」というと商品が買ってもらいやすくなるという日本的な心性を利用した便利な売り文句であるととらえておくほうがよさそうだ。

synodos.jp

 

グローバル・スタンダードは、国際標準から派生して生まれた言葉であり、比喩的な表現である[2]。「グローバル・スタンダード」という言葉が、日本で多用されるようになったのは1997年平成9年)以降であり、日本国外ではあまり使用されない和製英語といわれている[1]

みずほ総合研究所は「グローバル・スタンダードという言葉は、国際標準に類似した概念を、工業規格・会計基準などにとどまらず、企業活動・メネジメント手法・経済システムなどにまで対象を拡張させて使用されている。注意する必要があるのは、経営手法・経済システムに市場占有率などなく、国際的な取り決めによる一定の標準・ルールがあるわけではない」と指摘している[2]

世界標準 グローバルスタンダード - Wikipedia

 

 

失敗した際に人、物、金、そして時間観点で、ダメージコントロールリカバリをできうる場合においてのみ、もしくはそれらが満たされる限定された範囲内においてのみ行うべき。 プランBやプランCも想定できれば尚望ましい。

間違いなく言えるのは、日本国内においては今も来年も“その時”ではない

そうした時宜もわきまえず、域内の限定も行わず、ドサクサ紛れ、火事場泥棒、ショックドクトリンで、無理やり強行しよう/特攻させようとするのは始めから“必ず”失敗する(“必ず” 失敗させる)ことがわかっているから

すなわちテロと同義と捉えるべき。

凡フライの捕球を超然ファインプレイに見せかける合法・非合法の手段や、メディアコントロール/プロパガンダに長けているだけ、というのが俺の認識。

 

f:id:tu_ray_0g_0s1:20200511082525j:plain

 

新自由主義者のバカの一つ覚えである。

 

誤った二分法(あやまったにぶんほう、: false dichotomy)あるいは誤ったジレンマ(英: false dilemma)は非論理的誤謬の一種であり、実際には他にも選択肢があるのに、二つの選択肢だけしか考慮しない状況を指す。

(略)

誤った二分法は、特に選択を相手に強いるような状況で生じる(「お前が俺たちの仲間にならないなら、お前は敵だ」)。また、希望的観測や単なる無知によって選択肢を網羅できないために発生することもあり、詭弁とは限らない(「友達だと思っていたのに、昨日の晩はみんな来てくれたのに、お前だけ来なかった」)。

選択肢が2つだけだと、様々な選択肢の両極端であることが通例であり、価値観が非常に偏狭になる。これは、選択肢が相容れないものだ、「別の道」が存在しないという印象を与え、より大きな主張を信じさせる効果をもたらす。更に選択肢は網羅的であるかのように提示されるが、2つの選択肢以外の可能性を排撃し、ファジィ論理のように可能性のスペクトル全体を考慮することで、誤謬だと指摘できるか、少なくとも効果を弱めることができる。

ja.m.wikipedia.org