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しばらくかかりそ。サグラダファミリアより遅くなるかも。

ルーマニア大統領、ウクライナ・キーウ訪問

www.ukrinform.jp

 

遠くないうちに、 バルチック海領域の世界史的大量失陥野郎が、(通称)ペテルブルグ建設者からトンデモない大叱責を受けるであろうそのときに、ルーマニア大統領以外の3人がどんな立ち位置、どんな役回りを担うのかと、世界中が危惧していたらしいのだが。

 

以下、wikiより。どこまでがどうなのか知らんけど。

 

>ロシアのツァーリ・ピョートル1世は1689年に姉ソフィアの摂政政府を倒して実権を掌握すると、父アレクセイが行っていた諸改革を継続、また1695年から1696年に黒海への出口を求めてアゾフ遠征を行い、オスマン帝国からアゾフ要塞を奪取した。<

(略)

>ピョートル1世はオスマン帝国内のキリスト教徒やモルダヴィアとワラキアの太守ディミトリエ・カンテミールに援助を約束して内部撹乱工作を行い[73][72]、1711年に兵約4万を率いてオスマン領内へ侵攻した。だが、ロシア軍は罠にかかりプルト川で約15万のオスマン軍の攻撃を受け、ピョートル1世自身も捕らえられかねない危機に陥った(プルート川の戦い)[74][75]。ピョートル1世は同行していた愛人エカチェリーナの勧めもあって[76]、和議に持ち込み、7月12日にアゾフ要塞の返還、ポーランドの内政への不干渉、カール12世の帰国の容認などを条件とする不利な内容のプルト条約を締結した[77]。<

 

 

www.afpbb.com

>欧州の一部指導者の「抑制的な振る舞い」により、「武器供与が大幅に遅れている」と非難している。<

 

 

2022/0607付け

news.tv-asahi.co.jp

 

追記。コレも転載、貼っておこう。
ルーマニア+3の立ち位置、役回り。