艤装してます

艤装してます

しばらくかかりそ。サグラダファミリアより遅くなるかも。

昭和期の立太子も、2020年以降の立太子も、皇統の安定的継承が第一義


後者については当然ながら、皇統の簒奪もしくは廃絶に対しての防衛の意味合いを含めてのもの。

立憲君主制も、いわゆるノブレス・オブリージュも全く理解できないアテクシ連中を忖度することなく、できるだけ立太子を急ぐべき。

(ヲワダマサコとヲワダナルヒト、それにヲワダアイコに対しての態度が、ノブレス・オブリージュのなんたら試験紙ということで。昔から言われているが、カメラの回ってないところでは上記3匹と大差ないんでしょうな


------------------------------------------------------------------------------

以下、2020年以降のヲワダマサコの(実)年齢、出産実績と重ね合わせてみようかねぇ

------------------------------------------------------------------------------

1924年大正13年)1月26日 大婚

1925年(大正14年)12月6日、照宮成子内親王 出生
(良子皇太子妃 22歳)


1926年(大正15年)12月25日、
大正天皇崩御を受け、葉山御用邸において践祚
第124代天皇となり、昭和と改元


1927年(昭和2年)9月10日、久宮祐子内親王 ご誕生
(良子皇后 24歳)

1929年(昭和4年)9月30日、孝宮和子内親王 ご誕生
(良子皇后 26歳)

1931年(昭和6年)3月7日、順宮厚子内親王 ご誕生
(良子皇后 28歳)

1933年(昭和8年)12月23日、継宮明仁親王 出生
(良子皇后 30歳)

1935年(昭和10年)11月28日、義宮正仁親王 ご誕生
(良子皇后 32歳)

1939年(昭和14年)3月2日、 清宮貴子内親王 ご誕生
(良子皇后 36歳)

-----------------------------------------------------------------------------------------

繰り返すが第一義は皇統の安定的継承である。
その点では、昭和期も2020年以降もなんら変わるものではない。

アテクシな私物化連中が、皇統の簒奪もしくは廃絶のために
立太子を妨害しているようだが。


上記をふまえて読むと、ものすごく間抜けな文章にみえる。
いったい誰が書いたんだ?

(目的化しているらしい皇太子とせぬための理由付けも、どこに書かれてん?
 みたところ、どこにもなさそうだけど)

例えば昭和元年から昭和8年までの間は、即位当時 25 歳であった昭和天皇の弟宮である秩父宮雍仁親王殿下が皇位継承順位第一位であったものの、当時の皇室典範の規定するところの「儲嗣タル皇子(皇位継承順位第一位である天皇の子)」
ではないことから、「皇太子」と称されず、次期皇位継承者であることを示す儀式等も行われなかった。その後、昭和8年に今上陛下が皇太子として御誕生になり、昭和 27 年に立太子の礼が行われた。