この覚書には、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの領土保全や政治的独立に対する脅威または軍事行使に対する安全保障が含まれていた。 その結果、1994年から1996年の間にこの3カ国は核兵器を放棄(正確にはロシアに移転)した。それ以前は、ウクライナが世界第3位の核兵器備蓄国であり[2][3]、運用管理はしていなかったもののウクライナが大量に物理保有していた[4][5]。なお、同兵器の運用はロシア管理による電子的行動許可伝達システム(英語版)(PAL)とロシアの指揮統制システム(CCS)に依存していたとされる[4][5] (旧ソビエト連邦の構成国であったベラルーシ、カザフスタン、ウクライナは、ソ連時代からの核をそのまま保有していた)。
2014年のロシアによるクリミア併合が起きたことで、米国とカナダとイギリスさらに他の諸国も[6][7] [8] [9] [10] 、ロシアの関与はウクライナに対するブダペスト覚書の義務違反であり、ウクライナの主権と領土保全を侵害していると批判、しかも同覚書はセルゲイ・ラブロフほかの署名のもと国連へ伝達したものであった[11]。
2014年3月4日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はブダペスト覚書の違反に関する質問への回答として、ウクライナの現状は革命だとして「新たな国家が起ち上がった時で、しかしこの(新たな)国家との、この国家に関しての、義務的な文書には何ら署名していない」と述べた[12] 。ロシアは「ウクライナの民間人をその意思に反してもウクライナに強制滞在させる」ことまでは決して義務の下に含まれていないと主張した[注釈 1]。 ロシアは、米国がブダペスト覚書に違反していると言い出して、ユーロマイダンは米国が扇動したクーデターだと述べている[13]。
(旧ウクライナ・ソビエト社会主義共和国、国際連合、UN
には1945年10月24日以来の原加盟国)
5000発の核弾頭をソ連より受け継ぎ、1991年当時では世界3位の核保有国だった。1994年に核兵器放棄を決定し[70]、1996年までにはそれらの核兵器を自主的に放棄、またはロシアへ移管している[71]。運搬手段であったICBMの解体は2019年時点も完了していない[70]。クリミア危機・ウクライナ東部紛争(2014年~)でロシアの侵略を受けたことから、核兵器再保有論もある[72]。
( 旧白ロシア・ソビエト社会主義共和国、国際連合、UN
には1945年10月24日以来の原加盟国 )
ソビエト連邦の崩壊時には81発の核ミサイル弾頭が領土内に保管されていたが、1996年までには核弾頭は全てロシアに移管された[73]。
( 旧カザフ・ソビエト社会主義共和国、国際連合、UN
には 1992年3月2日に加盟 )
1400発の核をソ連から受け継いだ。1995年には全てロシアへ移管された[74]。
現在ではこれら3カ国は全てNPTに調印しており、もはや核兵器を保有していない。テロリストや他国への核兵器流出を防ぐため、アメリカは旧ソビエト連邦諸国の非核化を支援する「ナン・ルーガー計画」を実施した。130億ドル以上を投じて7,600個以上の核弾頭を解体し、核技術者らに再就職先を確保するなどした[75]。
ソビエト連邦解体時には国民投票した上で旧ウクライナ・ソビエト社会主義共和国から移行したそうな。
下記に対するウクライナの国民感情は分かりかねるが、これまでのロスケの流れからして、時限的な下記の非核の凍結、もしくその選択肢の保有くらいはしてもいいんでないの?
遠く離れた日本人視点ではあるけれど。まぁ飛ぶには飛んできたらしいけど。
ウクライナは、1990年(平成2年)7月16日に最高議会が採決した「ウクライナ主権宣言」の中で「核兵器を受け入れない、作らない、手に入れないという非核三原則 (ウクライナ語: трьох неядерних принципів: не приймати, не виробляти і не набувати ядерної зброї, 英語: three nuclear free principles: to accept, to produce and to purchase no nuclear weapons)」を謳っている[22](ただし、駐ウクライナ大使館では「核兵器を使用せず、生産せず、保有しないという非核三原則」としている[23])。
当時、ウクライナ国内にはソ連の核兵器が大量に配備されていたが、1991年(平成3年)10月24日の「非核化に関する最高議会声明」、1992年(平成4年)5月23日のSTARTI附属議定書(リスボン議定書)を経て、1996年(平成8年)までにはそれらを全てロシアに移送し非核を実現した。
追記、
2020年10月25日付けの書き込み。
ウクライナ統一地方選にて、ブダペスト覚書についての世論調査していたそうな。