米軍事外交専門家たちは岸田訪米をどう見たか
1/16(月) 6:02配信
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■ 今は昔、鈴木善幸の「軍事抜き同盟」論
岸田文雄首相は1月13日(日本時間14日未明)、ホワイトハウスでジョー・バイデン米大統領と会談した。
機密文書秘匿スキャンダルで足元に火のついたバイデン氏にとっては、マスメディアの追及をひと時、逃れられる口実になった「友、遠方より来たる」。「ありがたい盟友」だった。(もっとも、つかぬ間の一瞬ではあったが)
岸田氏にとっては、ワシントンを訪れるのは初めて。自民党ハト派集団「宏池会」の首相として訪米するのは、池田勇人、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一各氏に次いで5人目だ。
鈴木氏が1981年5月、ロナルド・レーガン大統領(当時)との会談後、発表された共同声明には、「同盟」(Alliance)という言葉が盛り込まれた。
ところが鈴木氏は「同盟」には軍事的な意味合いは含まれないと発言。
これに対して伊東正義外相(当時、宏池会所属)は「当然含まれる」と反論して閣内不統一に陥った。伊東氏は辞表を提出した。
参考:鈴木首相訪米、共同声明における「同盟関係」についての参議院での質疑、データベース「世界と日本」=
当時駐日米大使館に勤務していた元外交官B氏は感慨深げにこう述べる。
「あの頃に比べると隔世の感があるね。鈴木氏は明治生まれ。つらい戦争体験をしたはず。だから軍隊のグの字も嫌だったのだろう」
「それが今では国民の大多数が新安保3文書(国家安全保障戦略、防衛戦略、防衛費倍増計画)に賛成。宏池会どころか、反戦の公明党まで反対しない」
その岸田氏は、バイデン氏へのお土産として国家安全保障戦略など新安保3文書を引っ提げて首脳会談に臨んだ。これで3文書は名実ともに国際公約となった。
ワシントン・ポストの著名なコラムニスト、ジョシュ・ロギン記者は、こう書いた。
「日本は戦後、自ら自分に言い聞かせてきた平和主義国家の衣を脱ぎ捨てて、第2次大戦以来最大の軍事力増強への道を歩み出した」
「中国の軍事力増強、2022年の1年間だけで90発の巡航、弾道ミサイルを発射実験する北朝鮮、そしてロシアによるウクライナ侵攻という、緊急かつ危険で容易ならざる国際環境に直面した時機に対応するための行動だった」
「岸田氏は広島出身。親族を含む多くの市民が原爆で死んでいった。今年はその広島で先進7か国首脳会議(G7サミット)を主催する」
「同氏は自民党内のハト派派閥に属する。そのハト派の優等生である岸田氏が、大規模な国内的な反対がないことから故・安倍晋三元首相(2015年の防衛法法制化による集団的自衛権行使容認など)のタカ派現実路線を推し進めるとは、まさに歴史のアイロニー(皮肉)だ」
バイデン氏は、3文書が発表された2022年12月16日、日本が防衛費増額の方針と反撃能力保持を明記したことを高く評価する異例のステートメントを出していた。
バイデン氏は首脳会談の冒頭でこう述べた。
「米国は日米同盟、日本の防衛に全面的に関与している。日本の防衛費増額や新たな国家安全保障戦略を受け、同盟の現代化を図っている」
岸田氏は、こう応じた。
「日米両国はかつてないほどの厳しい、複雑な安全保障環境にある。(相手のミサイル発射拠点をたたく)「反撃能力=敵地域攻撃能力」(Counterattack abilities)の保有など防衛力を強化する」
「これは、日米同盟の抑止力・対処力を強めることにもつながる」
日米共同声明には以下の点が明記された。
一、安全保障同盟はかつてなく強固なものになっている。バイデン氏は核を含むあらゆる能力を用いて日本の防衛に揺るぎなく関与すると表明した。沖縄県・尖閣諸島が日米安全保障条約第5条に基づく対日防衛義務の適用対象だと再確認した。
二、サイバー・宇宙の領域など新たな脅威に対処するために日米両国は共同の戦力態勢・抑止力の方向性を擦り合わせてきた。
三、両首脳が日本の反撃能力や効果的な運用について協力を強化するよう関係閣僚に指示する。
四、(中国、北朝鮮、ロシアの動向に触れ)世界のいかなる場所においても、あらゆる力・威圧による一方的な現状変更に反対する。
五、インド太平洋では、中国によるルールに基づく国際秩序と整合しない行動から北朝鮮による挑発行為に至るまで増大する挑戦に直面している。
六、台湾海峡の平和と安定を維持する重要性を確認し、平和的解決を促す。
七、ロシアによるウクライナ侵攻に反対する。(ウラジーミル・プーチン露大統領が核で威嚇していることを念頭に)いかなる核兵器の使用も人類に対する敵対行為で決して正当化されない。ロシアへの制裁を続け、ウクライナには引き続き支援を提供する。
八、半導体などの経済安全保障、宇宙、原子力エネルギーといった分野で日米両国の優位性を確保する。
九、5月に広島市で開く先進7か国首脳会議(G7サミット)については優先事項を議論し、成功に向けて引き続き緊密に連携していく。
十、中国に新型コロナウイルスの感染拡大に関する十分かつ透明性の高い疫学的データの報告を求める。
日米共同声明には以下の点が明記された。
一、安全保障同盟はかつてなく強固なものになっている。バイデン氏は核を含むあらゆる能力を用いて日本の防衛に揺るぎなく関与すると表明した。沖縄県・尖閣諸島が日米安全保障条約第5条に基づく対日防衛義務の適用対象だと再確認した。
二、サイバー・宇宙の領域など新たな脅威に対処するために日米両国は共同の戦力態勢・抑止力の方向性を擦り合わせてきた。
三、両首脳が日本の反撃能力や効果的な運用について協力を強化するよう関係閣僚に指示する。
四、(中国、北朝鮮、ロシアの動向に触れ)世界のいかなる場所においても、あらゆる力・威圧による一方的な現状変更に反対する。
五、インド太平洋では、中国によるルールに基づく国際秩序と整合しない行動から北朝鮮による挑発行為に至るまで増大する挑戦に直面している。
六、台湾海峡の平和と安定を維持する重要性を確認し、平和的解決を促す。
七、ロシアによるウクライナ侵攻に反対する。(ウラジーミル・プーチン露大統領が核で威嚇していることを念頭に)いかなる核兵器の使用も人類に対する敵対行為で決して正当化されない。ロシアへの制裁を続け、ウクライナには引き続き支援を提供する。
八、半導体などの経済安全保障、宇宙、原子力エネルギーといった分野で日米両国の優位性を確保する。
九、5月に広島市で開く先進7か国首脳会議(G7サミット)については優先事項を議論し、成功に向けて引き続き緊密に連携していく。
十、中国に新型コロナウイルスの感染拡大に関する十分かつ透明性の高い疫学的データの報告を求める。
■ 日独が目覚めた「Zeitenwende」
米国知識人の間で一定の評価を得ているジャーナリスト、トビアス・ハリス氏は、新安保関連3文書について「Japan’s Zeitenwende」(日本の転換点」という記事を書いている。
「Zeitenwende」という表現は、ドイツのオラフ・シュルツ首相が、ロシアがウクライナに侵攻した3日後に、戦後ドイツの平和国家主義への傾倒との決別を宣言した時に使ったものだ。
これを機にドイツはロシアの侵略主義に対抗するために本格的な軍事力強化路線に舵を切った。「プーチンのおかげで目覚めた大国ドイツ」の軍事大国化である。
参考:「プーチンのおかげで目覚めた大国ドイツ」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/print/71391)
ハリス氏は、かつての枢軸同盟国だった日本も軍事力強化路線に踏み切ったと見る。
「むろん、これは始まりに過ぎない。防衛費増額や敵対能力を保持すると公式発表しただけでは意味がない。自衛隊の防衛能力を最大限強化するための予算増が実際に実施されねばならない」
「具体的には米軍と自衛隊との指揮・統制システム、情報収集・共有システムの一本化、統合ミサイル防衛システム、大量のドローン保持確保、サイバースペース、宇宙、電磁スペクトラム能力強化、自衛隊のモビリティ・フレキシビリティの強化などが実施されねばならない」
日米の軍事組織統合の必要性は国際戦略国際問題研究所(CSIS)のクリストファー・ジョンストン日本部長も指摘している。
「日米の軍事パートナーシップは緊急事態発生時にすぐさま対処する能力には欠けている。指揮・統制システムの再構築は日米同盟深化に不可欠だ」
「これによって共同作戦、標的識別、攻撃の役割分担が調整される。また情報の共有化、軍事産業同士の協力関係強化、防衛活動コストの分担も緊密に協議せねばならない」
スタンフォード大学講師のダニエル・スナイダー氏は、日本が大量に購入するトマホーク巡航ミサイルについてこう指摘する。
「これにより、日本は中国や北朝鮮の標的を攻撃できる能力を持つ。だが、運用上は、米国の防衛作戦計画に縛り付けられることになる」
「なぜなら、トマホークは米国が保有する高度な情報収集力、監視・偵察能力なしには使用できないからだ。ミサイル単体だけでは使用できない」
裏を返せば、「日本が実際に標的にした『えもの』でも米国が反対すれば攻撃できないケースもある」わけだ。
これは、「防衛力強化の名目で米国の時代遅れ兵器をバカ高い値段で買わされる」といった批判以前の問題である。
■ 手始めは「第12海兵沿岸連隊」と自衛隊の離島共同防衛
共和党系シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所のザック・クーパー上級研究員は、日米共同声明を受けて、まず何が動き出すかについて予見する。
「二国間、多国間で統合指令・統制システムが現在存在しているのは北大西洋条約機構(NATO)と米韓しかない」
「日米では東日本大震災の際に派遣された米軍(「オペレーション・トモダチ」)と自衛隊は統合し指揮・統制システムのもとに救助・復興活動を行ったことがある」
「日本の防衛費増額は、実際の戦闘活動に使う武器弾薬の備蓄にも使われることになる」
「もう一つ、米国は沖縄に置かれている第12海兵連隊を2025年までに改編し、新たな部隊『第12海兵沿岸連隊』を設ける」
「同連隊は対艦ミサイルなどを備え、離島での有事の際、小規模の部隊に分かれて展開し、敵の艦艇などの進出を防ぐ部隊だ。当然自衛隊との事実上の統合司令・統制システムが実現する」
米国にとっては、日本の「Zeitenwende」が順風満帆の船出とは言えない。
シカゴ国際問題評議会の世論・外交政策担当のクレッグ・カフサ研究員は日米が抱える問題点を挙げる。
「最新のギャラップ・読売合同世論調査では、日本国民の45%は米国を信頼しているが、47%は信頼していない」
「敵が日本を攻めてきた時には米国は助けに来てくれないのではないのか、と不安がっている日本国民が半分もいるのだ」
「米国の一般大衆の対アジア観も不安定だ。バイデン政権も米議会も米国民に対し、米国にとっては欧州よりもアジアの方が重要なのだ、と啓蒙する必要がある」
さらに防衛費増額のカネを岸田政権はどうするのか、と不安視する識者もいる。
定評のある情報分析サイト、アクシオスはこう指摘する。
「岸田政権は2027年までに防衛費を国内総生産(GDP)の2%に引き上げると公言している。実現すれば、日本は米中に次ぐ国防予算高額国の序列第3位になる」
「だが日本国民の65%は防衛費増額のために増税することには反対している」
米国の軍事外交専門家たちは、岸田氏のハト派からの脱皮を歓迎しつつも、すべてがスムーズに進むとは見ていない。「すべてはまだ始まったばかり」と今後の動きを注視している。
高濱 賛